歌人ゆかりの居酒屋の探訪記である「歌人の行きつけ」を「うた新聞」で連載していた頃、佐藤佐太郎の次の歌に出てくる「酒店加六」がどんな店で、どこにあったのかを詳しく調べたことがある。
電車(でんしや)にて酒店加六(しゆてんかろく)に行きしかどそれより後は泥(どろ)のごとしも
佐藤佐太郎『歩道』(昭和十一年「冬街」)
調査の結果は『歌人の行きつけ』(いりの舎)所収の秋葉四郎さんとの対談で発表しているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。
調べてゆく過程で、佐太郎が酒について書いた散文をいろいろ読んでいくうちに、ちょっとした話のネタになりそうな内容を見つけたので、ここに記しておきたい。
佐太郎が酒の肴の中で、これが一番だと書いているものがある。それは何か。せっかくなのでクイズ形式にしてみたい。
1.和布(わかめ) 2.たらの芽 3.筍 4.鮪のとろ
どれも日本酒に合いそうな肴だ。実はこの4つはどれも佐太郎の好きな肴で、出典の「鯛の腴」という随筆(『佐藤佐太郎集』第6巻)には、この他に蕨も取り上げられている。では、この中で佐太郎の一番の肴はどれだろうか?答は「4.鮪のとろ」である。
実は私自身も鮪のトロは大好物で、酒場巡りをする中で、旨い鮪に出会うと再びその店に足が向くことが多い。もっとも、高価なものはめったに頼めないので、私が注文するのは主に鮪のブツだ。鮪のブツは店によって本当にピンキリで、ほとんど味のしないものが出てくる店もあれば、いい店では脂の乗ったトロのようなブツを出してくれるところがある。都内の居酒屋では五反田の「かね将」、チェーン店では「ほていちゃん」のブツが旨い。ブツではないが、「五の五」の中トロも比較的リーズナブルでおいしい。横須賀まで足を伸ばせば、「中央酒場」の鮪のブツも絶品である。
現代の酒場談義はこれくらいにして佐太郎の話に戻ると、「私の鮪好きは貧乏時代からの連続」と彼は書いている。冒頭の「酒店加六」の歌を詠んだときの佐太郎は27歳。まさに「貧乏時代」のことだ。もし「酒店加六」で鮪を出していたら、いいオチになるのだが、私が集めた資料では残念ながら確認できなかった。
ちなみに、若き日の佐太郎が「酒店加六」で飲んでいた酒が菊正宗であることは本人も書いているため分かっている。菊正宗と鮪の中トロの組み合わせなら、だいたいどこのスーパーでも手に入るだろう。佐太郎になった気分で、今夜あたり一献いかがですか?
プロフィール
田村 元(たむら・はじめ)
「りとむ」編集委員。2002年歌壇賞、2013年第19回日本歌人クラブ新人賞を受賞。著書に、歌集『北二十二条西七丁目』『昼の月』、歌人ゆかりの居酒屋探訪記『歌人の行きつけ』がある。