コロナ禍であらゆるライブイベントができなくなってから3年。ようやく再開されたツアーのチケットが取れ、4年ぶりにBUMP OF CHICKENの公演へ行くことができた。
観客の声出しが解禁されてまもない、3月1日の大阪城ホール。ボーカルの藤原基央は、左右の耳に手を当てて、観客の声を聴く素振りをしながらステージへと上がってきた。それを見ただけでもうだめだった。彼らの演奏を聴きに来たつもりだったのに、彼らも私たちの声を聴きに来てくれたのだと知って、涙があふれ出した。メンバー4人と1万1000人の観客たち。ここにいる全員が今、同じ気持ちでいることがたまらなく愛おしくて、どんな奇跡でも起こせる気がした。
藤原基央の歌声には、いつも鳥肌が立ってしまう。青空みたいに透き通る声、ガラスのような繊細な声、どんな壁も突き抜ける強く鋭い声、自らを傷つけるように叫ぶ声……。原曲とは音程や歌詞を変えて歌うこともある。今、ここでしか聴けない、生きている声。ずっとこの声に会いたかった。
「ヤジロベエみたいな正しさだ」/『なないろ』
「触ったら消えてしまいそうな 細い指の冷たさが 火傷みたいに残ってる」/『Gravity』
「ノルマで生き延びただけのような今日を 読まない手紙みたいに重ねて また部屋を出る」/『クロノスタシス』
絶対的ではなく揺らぎのある正しさ。火傷のように残る指の冷たさとその痛み。読まない手紙のように重なる答えのない日々。比喩の美しさに心を奪われる。藤原基央の書く歌詞は、短歌的だと思う。誰にでもわかる言葉で、心の奥に閉じ込められていた感情を描き出す。なかでも喪失感の描かれ方が好きで、失うことの怖さや寂しさ、後悔にどれほど寄り添ってもらってきたかわからない。
「君を忘れたこの世界を 愛せた時は会いに行くよ 間違った旅路の果てに 正しさを祈りながら」/『ロストマン』
「終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる 無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて」/『HAPPY』
「声を無くしたら僕じゃなくなる それでも好きだと言ってくれますか」/『66号線』
「こんなに寂しいから 大丈夫だと思う 時間に負けない 寂しさがあるから」/『宝石になった日』
何を無くしても自分の選んだ道を進むことが正しさだと祈ること。無くした後に空っぽがあること。無くした自分を愛してほしいと願うこと。君の存在があったから寂しさを感じられること。
喪失の痛みと、その先に光があることをこんなにも歌ってくれるから、信じられる。
以前、このように歌詞を変えて歌ったことがあった。
「大丈夫だ この光の始まりには 君がいる」→「大丈夫だ この光の始まりには 君といる」/『RAY』
たった一音の違いでこんなに胸に響くのか、と震えた。歌詞を書くときはひとりでも、歌うときは君(観客)と一緒にいる。短歌を作るとき、助詞のひとつが決まらずに何時間も悩んでしまった経験は誰にでもあると思うけれど、このときほど助詞の力を確信したことはない。
実は、私が短歌を始めたのも、2008年に行ったライブがきっかけだった。
歌人だった祖父は私が中学生の頃に他界してしまったので、短歌のことは何ひとつ教わっていない。それでも、本に囲まれて短歌を作っている祖父の姿が記憶のなかにずっと残っていた。「祖父のようにいつか短歌をやってみたい」と漠然とした思いを抱えながら、日々のどうにでもなるような忙しさを言い訳に踏み出せずにいた。
「何回転んだっていいさ 何回迷ったっていいさ 大事なモンは 幾つも無いさ 後にも先にも
ひとつだけ ひとつだけ その腕で ギュッと 抱えて離すな」/『ダイヤモンド』
今まで何度も聴いたことがある歌詞なのに、なぜかこの日は心に突き刺さって抜けなくなってしまった。「大事なものがあるのに何やってんだ!」と叱られている気分だった。
大阪城ホールは楕円形をしていて、どこからでもステージがよく見える。照明に彩られると、まるで宇宙船のなかにいるような感覚になる。今日までの日常を飛び立って、新しい日常へと運んでくれる宇宙船。BUMP OF CHICKENに出会っていなければ、短歌のある日常には出会えなかった。
アンコールが終わって他のメンバーがステージを去った後、藤原基央はひとりマイクの前に立って、深くて長いお辞儀をする。その誠実なお辞儀を見ながら、大好きな詩の一行を思い出した。
「誠実とは約束を守らうとする最大限の努力だ」/千種創一(詩集『イギ』)
残った息をすべて吐き出すように最後のMCを終えると、必ず「またね」と言ってくれる。アーティストにとって、観客の前で歌えないこの3年間はどれほど怖かっただろう。これから先だって何があるかわからない。けれど、この「またね」があれば、いつかまた私たちの前で歌ってくれる日が来るのだと、まっすぐに未来を信じることができる。次のライブに行くまでは絶対に死ねない、と本気で思う。それまではどんなことがあっても生き延びること。これがBUMP OF CHICKENと私たちが共にできる「最大限の努力」。
「またね」の約束を守るために、私は今日を生きている。
のどぼとけ 見せてはくれない内側をあふれて声はひかりに変わる 山本夏子(短歌同人誌『半券』001号)
【プロフィール】
山本夏子(やまもと・なつこ)
1979年大阪生まれ。「白珠」所属。歌誌「半券」同人。2016年、第四回現代短歌社賞。
歌集『空を鳴らして』(現代短歌社、2017年)。