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会員エッセイ

2023/01/01 (日)

【第16回】 わたしの猫   横山未来子

 新年に掲載されるエッセイなのにさびしい話で恐縮なのだが、昨年十二月に飼い猫の健太が神さまのもとに帰っていった。

 十六年前の晩秋に、私の家のまわりを鳴きながら巡っていた迷い猫だった。保護したときは生後二週間ほど。炎症で目はくしゃくしゃで、鳴き疲れて今にも死んでしまいそうだった。しばらく様子をみてもお母さん猫が来なかったので、うちの子になったのだった。

 七歳で慢性腎不全と診断されたが、つねにぽっちゃり体型をキープしていて、目立った不調もなく過ごして来た。
昨年の春頃からほっそりして来たのだが、六月に健康診断を受けたときは腎臓の数値も痩せ方も年齢なりのものとのことだった。だが、秋頃から前よりも頻繁にお水を飲みたがるようになった。私が洗面所で水音をさせていると、二階にいてもすぐにやって来て蛇口の水を飲む。お風呂場にも入りたがるので、母からよく叱られていた。
 同じ頃からキャットフードの選り好みがはげしくなり、ついには一日に缶詰を少量食べるだけになった。これはおかしい、と病院に連れて行ったところ、数値が最悪を通り越しており、点滴ですぐに腎臓の大掃除をしないと命の危険があるとのことだった。
 入院中の三日間は、もし病院で死んでしまったらどうしよう、と心配でたまらなかった。とにかく腕のなかに帰って来て欲しいと願っていた。
 四日目に無事帰って来たときは、入院時より少し体重が増えていた。入院中はごはんをよく食べていたという。特別おいしいごはんなのかと思ったが、同じような療養食だった。点滴ですこし体が楽になったのだろう。
 しかし、腎臓の数値はまだ基準を大幅にオーバーしていた。点滴の代わりに自宅で朝晩の皮下輸液をすることになった。液を電子レンジで人肌にあたため、注射器に入れ、うしろ首のよく伸びる皮膚の下に注入する。最初は針を刺すのもおそるおそるだった。
 腎不全による貧血のため、歩くとフラフラで、伏せていても長く頭を起こしていられない。食べられるなら何でもあげてよいとのことだったので、療養食ではないペースト状のフードをあげてみた。指に付けて口元へもっていくと、何口か舐めては疲れてひと休みする。それが、日が経つにつれ頭を起こせるようになり、食器から自分で舐められるようになった。やがて入院前から食べていた缶詰やドライフードも、起きあがってかなりの勢いで食べるようになった。

 その頃から家の中でお散歩するようになった。足取りがしっかりして来たなあと喜んでいた矢先、部屋をぐるぐると歩きまわり、行き止まりの場所でなおも前に進もうとするようになった。
 ある日の夕食後、立ったまま右後方を見るような姿勢をしていると思ったら、体が硬直し、震えはじめた。痙攣だった。見ているのが辛くて、こちらが取り乱してしまう。数分でおさまったのだが、その日から徘徊がはげしくなった。
 自分の顔の幅ほどの狭い隙間に入りこんで、後退りもできずにせつない声で鳴く。夜はドアを閉めてひと部屋にいるようにしても、朝には見あたらなくなっている。名前を呼ぶと片隅でもぞもぞと音がして、やっと発見できた。ヒーターを入れてあるとはいえフローリングの部屋の片隅は寒い。「どうしてそんなところに行っちゃうの……」とひんやりした体を抱きしめながら泣くしかなかった。夜中にも痙攣を起こしていたようだった。
 姉とともに、部屋の隙間をふさぐ作戦が始まった。入りこみそうな場所を、段ボールや衝立てで数日かけてとことんガードした。
 これでもう大丈夫だろうとひと息ついた日の昼前頃、姉と交代で抱っこしているときに前脚で宙を掻くような動作がはじまった。調べてみると「遊泳運動」という発作の一種らしい。一定のリズムで同じ動きを繰り返し、意識は朦朧としている。ベッドにねかせても変わりなく続き、八時間が過ぎた。

 一時的に足の動きが止まり、また再開する。また止まった、と思ったら呼吸が浅く、間遠になって来た。軽い痙攣のような後ろ脚で耳を掻く仕草をした。名前を呼ぶと、喉元から何度かかすれた短い声を出した。まるでお返事をしているようだった。それまでうつろで細かった目がだんだん瞠いて来た。丸くておおきな、今まで見たことがないほど綺麗な黒目だった。そして、呼吸が止まった。最初の痙攣を目にしてから、わずか三日後のことだった。

 夜中もずっと抱いていてあげたら、寒くて心細い思いをさせずに済んだのかもしれない。最後の日の明けがたは食器が転がる音を聞いたのだが、痙攣を見るのが辛くて、駆けつけたいと思っても体がガタガタ震えて動けなかった。自分の弱さと無力さを思い知った。神さまに「けんちゃんが怖くないように、寂しくないように傍にいてあげてください」と祈ることしか出来なかった。

 亡くなる前日の血液検査の結果では、腎臓と貧血の数値はだいぶよくなっていた。朝晩の輸液と病院での貧血の注射に耐えて、それに応えようとしてくれていたのだ。
 健太と出会い、十六年と二ヶ月の間一緒にいられて、私は幸せだった。たくさんのものを与えてもらった。こんなに可愛い子が他にいるだろうかと思うほど、ほんとうに可愛い、よい子だった。

 世の中にはもっともっと大変な介護をされている方も多いことだろう。飼い主の方も、ペットたちも、日夜懸命にがんばっているのだと思うと涙がにじんでくる。
 みなさんのいる場所に、どうか新年の明るいあたたかい光が差していますように……。

わが産みしものにあらぬに抱きすくめ〈わたしの猫〉とわれは言ひたり
横山未来子『金の雨』

プロフィール
横山未来子(よこやま・みきこ)
1972年東京都生まれ。「心の花」選者。第39回短歌研究新人賞受賞。著書に『花の線画』(第4回葛原妙子賞)、『とく来りませ』(第8回佐藤佐太郎短歌賞)、『水をひらく手』、『のんびり読んで、すんなり身につく いちばんやさしい短歌』など。

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