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会員エッセイ

2022/08/01 (月)

【第11回】 親戚のおじさんのような   本田一弘

 コロナの影響で短歌の集まりに参加することがほとんどなくなった。さびしい限りである。だが、小池光さんとはここ数年、一年に一度会うようになった。福島県と福島民報社という地元の新聞社が主催する「福島県文学賞」(今年で第七十五回を数える)というのがあって、その審査会が毎年十月に福島市で行われ、そこで会うのである。小池さん、「潮音」所属でいわき在住の高木佳子さん、私の三人で審査員を務めている。小池さんは平成十六年からだから、かれこれ二十年近くになる。ちなみに小池さんの前任は森岡貞香さんだった。さらにその前は馬場あき子さんだ。
 こんなことを言ったら小池さんに失礼かも知れないが、私にとって親戚のおじさんのような懐かしさが漂う。小池さんは宮城県の船岡町(現在の柴田町)、私は福島市。共に阿武隈川流域で生まれ育ち、話す言葉も無アクセント、抑揚のない話し方である。なのでまったく緊張することがない。普段どおりの心持ちで短歌の審査に向かうことができる。例年、五十首の連作が四十篇ほど集まって、それぞれ候補作五つを挙げる。三人の意見はそれほど分かれることはない。小池さんが司会を務め、淡々と議論が進み、受賞作が決まる。審査の時間としてはほんの二時間ほどなのだが、小池さんや高木さんと歌について自由に語ることができて、とても楽しい。
 二十五年前の秋、小池さんは会津若松に来たことがある。「全会津短歌大会」という催しがあって、その講師として見えた。大会前日に懇親会が開かれ、二次会はスナックになだれ込んだ。そこで小池さんがカラオケで軍歌を熱唱した。現代歌人と軍歌。妙な組み合わせにおどろいた。ベテラン歌人の方々と一緒になって声高らかに歌っていた姿が忘れられない。中国大陸の地名をいろいろと挙げ、戦争の話をずっとしていた。すると周りの人が気を利かせ、私を小池さんの隣に座らせてくれた。その時に畏れ多くも「茂吉が好きなんです」と言ったところ、「茂吉は君には難しいよ。僕の歌を読んだらいい」と小池さんは言った。そう言われて以来、私は小池さんの短歌を愛読している。

  福島を土台となして立ちあがるみちのくの国に生まれ育ちき   『思川の岸辺』
  仙台に帰りゆくとき無垢の雪かづける安達太良(あだたら)のいただきは見ゆ
  きよらかな光をはなつ安達太良は車窓に聳えわれは旅行く
  艱難のただなかにある福島を新幹線はひたはしるなり
  福島のくだもの甘きかをりして啜りしわれや夏の日のこと
  阿武隈の河口にちかく生まれたり六十五年それより過ぎつ
 
 ずばり「福島」という題の連作六首を引いた。自分が生まれ育ったみちのくという土地への愛情と郷愁。福島の自然と震災後の状況をあたたかく見つめるまなざし。優しさにみちあふれている味わい深い歌々である。私がこよなく愛唱する小池作品である。

  春くれば会津喜多方蔵(くら)の町行かむとおもふおもひたるのみ   『梨の花』    
 
 思うだけでなく、小池さん、ぜひ来て下さいよ。小池さんと喜多方の町を歩いたら面白いだろうな、などと一人空想してみる。
 第七波といわれるコロナの感染拡大はまだまだ続いている。が、今年も十月に審査会が行われるという連絡が来た。また親戚のおじさんのように懐かしい小池さんに会える。楽しみである。

プロフィール
本田一弘(ほんだ・かずひろ)
1969年、福島県福島市生まれ。会津若松市在住。「心の花」選者。歌集に『銀の鶴』『眉月集』『磐梯』『あらがね』。

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