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会員エッセイ

2022/01/01 (土)

【第4回】竹藪のなかから   齋藤芳生

 夕刻が近づくと竹藪から聞こえてくる声を、ある子どもは「ぎゃあ」と言い、また別の子どもは「ぐわあ」と表現する。現在私が勤務している福島市内の学習塾は教室の目の前が昼間でも薄暗い竹藪に覆われているのだが、そこから、毎日夕刻が近づくと声が聞こえるのだ。ばさばさと派手に羽ばたく音がすることもある。
 はじめは私も子どもたちもその正体が分からなかった。しかし、あるとき昼間の竹藪に目をやると、茶色くて丸い生きものが、細い竹の枝にしがみつくようにしているのに気付いた。どうやら鳥らしい。雀ではない。鳩にしては大きすぎる。鵯のようにすばしっこくもない。鴉であれば真っ黒いはずだ。
 正体は、ゴイサギの幼鳥であった。
 マンションや住宅が立ちならぶだけの平凡で静かな町の一角に少々場違いな感じで存在するこの竹藪は、古くて大きなお屋敷の裏庭である。築100年近くになるのではないか、と思われる木造のお屋敷には、現在おばあさんが一人暮らしをしていると聞いた。毎年周辺の住宅がどんどんマンションやアパートに建て替えられてゆくなかで、高い板塀に囲まれたこのお屋敷と裏庭だけ、時間が止まったようである。
 調べてみるとゴイサギという鳥は夜行性で、昼間は群れでこの竹藪のような茂みに隠れているものらしい。全身の茶色い羽毛に白い斑点があるのが幼鳥で、成鳥になるとその羽毛が青みのある灰色に生え変わる。なるほど、昼間は町中のこの竹藪にみんなで隠れていて、夜になると500メートルほど離れたところにある阿武隈川に魚を捕りにいくわけだ。こんな町中まで天敵の猛禽は来ないだろうし、竹藪であれば猫も上って来られない。
 「調べ学習』と称して子どもたちと一緒に図鑑で「ゴイサギ」を調べ、子どもたちを迎えに来たお母さんたちに報告し、「こんなところにサギの群れなんているんですねえ」「いい場所を見つけたものですねえ」と言い合っているうちに、こんな歌ができた。

  住宅街のこんな小さな竹藪にゴイサギの家族棲みて声あぐ 『花の渦』p17

 この竹藪に隠れているのは、ゴイサギの家族だけではない。鴉や鵯はいつもかしましいし、春から夏頃までは鶯が見事に鳴く。夏の夜、ゴイサギの家族が留守にしたのと入れ違いに、アオバズクが鳴いていたこともある。
 鳥だけならいいのだが、あたたかくなってくると虫も多い。教室には虫除けスプレーや蚊に刺された時のためのかゆみ止めが常備されている。いつぞやは竹藪全体に毛虫が大量発生して、業者が消毒に入ったこともあった。そんなわけだから、若い同僚たちは「この竹藪の竹、もう全部切っちゃってくれないかなあ」とぼやいたりもするのだが、私は子どもたちと一緒にこの竹藪のなかから出てくる様々な生きものとの出会いを結構楽しんでいる。秋の夜、びっくりするような鮮やかな緑色の蛾が飛んで来た時には子どもたちよりも興奮してしまい、「先生、何やってんの」と呆れられたのだけれど。
 
 そんな竹藪も、大雪の日はさすがに静かだ。どんどん雪が積もってゆくと、竹はゆっくりと撓って板塀をはみ出し、教室の窓に近づいて来る。やがて雪の重みに耐えきれなくなると、さあっと粉のような雪をまき散らしながら戻ってゆく。子どもたちが「わあ、きれい」と声をあげる。ああ、やっぱりこの竹藪があってよかったな、と思う。

  さらさらと青竹のようにさらさらとふる雪をはらうこと、赦すこと 『花の渦』p211


プロフィール
齋藤芳生(さいとう・よしき)
1977年福島県福島市生まれ。「かりん」所属。歌集『桃花水を待つ』(2010年角川書店)『湖水の南』(2014年本阿弥書店)『花の渦』(2019年現代短歌社)。

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