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2024/12/01 (日)

【第39回】歌人の野望   小川優子

 三十数年もの間、何度も辞めたくなったのに、細々ながら短歌を続けてきたのは何故だろう。実に不思議だったこの問いに、この頃答えが出そうになっている。自分の「野望」に気づいたからだ。
 歌人の自覚のある人の多くは、おそらく自身の作品の向上を第一目的にしているのではないだろうか。しかし私にはこれよりも目指したいものがある。それは、日本文化の伝承のために、短歌を学ぶ多くの人を育てる役割を担うことだ。
 三十五年以上教職に携わってきたが、私の「教え好き」「育成ゲーム好き」は並のレベルではなかったということに、退職した今になってはっきり気付いた。特に、受験指導、部活動指導のように、主体の目指す目標を叶えるために伴走する仕事が、三度の食事よりも好きだった。そのために休日を返上し、早朝から深夜まで精力を注ぎ込むのも苦ではなかった。生徒が志望校に合格したり、コンクールで入賞したり、試合に勝ったりすると、その嬉しさで全ての苦労は吹き飛んだからだ。実際に、各種短歌コンクールやビブリオバトルでも全国大会選手を多数育成したことの喜びは、特に大きかった。自分自身が選手になるというよりは、監督やコーチとして選手を育てる方がはるかに興奮する。それはおそらく、多くの文化人が育てば、自分一人では成し得ない文化の伝承が遂げられることがわかっているからなのだろう。大河ドラマにもなったマラソン王の金栗四三が、「自分が記録を伸ばすよりも100人の金栗四三を作りたい」といって教育の道に進み駅伝を作ったように、私も後進の育成に人生を賭けたいと思っているのだ。
 日本の伝統文化は各方面で後継者不足に見舞われている。直接話を聞いただけでも、養蚕、銭湯、絣、日本工法、木工、染物などの世界で、古来の職人技術や作法などが廃れていっているのだという。短歌もこの道を辿ってはいけない。私が『アララギ』で先生方から手取り足取り教わったことを、そのまま地に葬るようなことがあってはならないのだ。世間は短歌ブームなどとも言われ、若い作家も多数生まれているようにも見受けられるが、そこに正しい伝承がなされているかといえば怪しい。着物も畳も提灯も無くなっていないように見えるが、手作りだったものが機械化されたり、どこかグローバルにアレンジされたりしてきているように、短歌もオリジナルが忘れられつつあるかもしれない。もちろん言葉は変わり続けるものだし、時代の空気によって新しくなってこそのリアリズムだという意見もあろうが、出汁の取り方のような基本中の基本はやはり失ってはいけないと思う。
 私は、自身が修行してきた老舗のメソッドを、少しでも多くの若手に伝えていきたいと思うようになった。短歌を中心に日本文化のあれこれに触れたり、情報をやりとりしたり、学ぶ仲間と出会い楽しむ、そんな場所を作りたいと考えたのだ。そこで、この三月で都立高校を退職して会社を設立した。最初の事業として文芸サロン「銀狐」をオープンさせて今に至る。おかげさまで多くの歌人の方々に来店いただき、月に四回以上の歌会や読書会なども開催してきた。この活動をさらに充実させて、やがては我が社が日本の文化を守る防波堤になるように拡大していくつもりだ。これが人生後半の野望である。


小川優子(おがわゆうこ)
 1964年福島県生まれ。1992年より『アララギ』入会 清水房雄に師事、2001年第一歌集『路上の果実』上梓、2008年よりアララギ後継誌『短歌21世紀』選者、2020年『流浪の果実』上梓。 2024年都立高校教員を退職し、文芸サロン『銀狐』をオープン。
現在、株式会社『和芸韻(アゲイン)』代表取締役社長。文学修士。『短歌21世紀』選者、副編集長。現代歌人協会会員、中日文化センター講師。NPO日本学校教育演劇会理事。

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