第二歌集『青い舌』を出版するのに合わせて、同い年の柴田葵さんとトークイベントをすることになった。正直、私は人前で話すのが不得手なので、聞いている人の顔が見えないオンライントークは不安でしかなかったのだけれど、開始直前にあるメッセージをもらって俄然やる気になった。
それは、五年ほど前、出身地の図書館のイベントに呼んでいただいたときに作ってもらった「短歌本コーナー」をきっかけに短歌を始めたという方からのメッセージだった。当時高校生だったその人は、そのささやかな一角に置いてあったアンソロジー『桜前線開架宣言』を読んで短歌を始め、大学生になって学生短歌会に入り、さらには機関誌で柴田さんのインタビューを担当したこともあるのだという。「そんな偶然ってある?」と柴田さんと笑い合いながら、私は始まる前から胸がいっぱいになっていた。
私の実家がある栃木県下野市(旧石橋町)は、誇張でもなんでもなく、本当に文化不毛の地という感じのところだ。小学生の頃まで駅前にあった書店はとっくにつぶれ、ロードサイドに巨大ショッピングモールやチェーンの飲食店がぎらぎらと立ち並び、文芸書がきちんと置いてあるような書店はお隣の宇都宮市までいかないとなかなか望めない(その宇都宮市もいくつかの大型書店は撤退してしまった)。いまはSNSやAmazonがあるから少し違うかもしれないけれど、私があの町で暮らしていたときに、短歌に出会って、さらには学生短歌会にまで辿り着く可能性を考えると、東京などの大都市圏で暮らす中高生と比べると天文学的に低い確率な気がする。以前、やはり同い年の土岐友浩さんから、山奥での免許合宿中に偶然手に取った『手紙魔まみ、夏の引越し(うさぎ連れ)』が短歌とのファーストコンタクト、という話を聞いたことがあるが、そんなエピソードを聞くたびに各々の短歌との出会いのあまりの儚さと偶然性に、手を取り合ってここに辿り着いたことを言祝ぎたくなる。今回も、たとえ淡くとも誰かが短歌を始めるきっかけに関わることができたことをほとんど奇跡のように思ったのだ。
私はその図書館で短歌には出会わなかったけれど、いまも小学生の夏休みのことを思い出すことがある。自転車を漕いで辿り着いた図書館はひんやりと冷たくて、熱をもった身体がやたらとだるくて、私は児童書コーナーの奥に敷かれたカーペットの上に丸くなって本を読みはじめる。当時熱心に読んでいたのは怪談やオカルトの本で、私は心霊写真の本の「滝に引き入れる手」や「窓に浮かぶ人の顏」を目を薄く開けて眺めながら、自分はこれからどこに行ってどうなってしまうのだろう、と考えていた。いま、私は遠くも近くもない場所で、子どもの手を引いてビルのなかにある図書館に通っている。
「かなしそうな女のひとの顏」という心霊写真の説明よ 風 『青い舌』
プロフィール
山崎聡子(やまざき・さとこ)
1982年栃木県生まれ。同人誌「pool」、ガルマン歌会に参加。未来短歌会所属。2011年「死と放埓なきみの目と」で第54回短歌研究新人賞。2014年第1歌集『手のひらの花火』(短歌研究社)で第14回現代短歌新人賞受賞。2021年7月、歌集『青い舌』(書肆侃侃房)を刊行。