狭き門に入れなかった司書われは非正規職を選ぶほかなく
古島信子 『微文積文』 第4号
「百倍はザラ、そもそも枠がない」という詞書きがつく。2024年1月発行『微文積文』巻頭を飾る古島信子の「虹のごとくに」。一連の20首は、非正規職員の直面する厳しい現実が、抑えきれない叫びのように詠われている。
五年で沈む泥舟をまた乗り換える沈みつつあるこの国の隅
「男の人にこの給料はかわいそう」女はかわいそうじゃないらしい
間違っているのは社会通念や税制・慣習ではなくわれか
同
平成24年、労働基準法の改正により「同じ会社で有期労働契約が更新されて通算五年を超えたときは、労働者の申し込みによって、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるルール」、いわゆる無期転換ルールが定められた。契約が更新されない不安を解消し、労働者を守る目的だったはずのこの改正により、無期労働契約になる前に契約を打ち切る「雇い止め」が横行している。2首目、「五年で沈む泥舟」とはまさにそうした契約のことを指す。五年後に沈むとわかっている、しかも脆くて今にも崩れそうな泥舟に、おのれの身を預けなければならない苦しさ。なにより、そんな制度のこの国、そのものさえ、沈みしずみかけている。3首目、何気ない会話のひとつなのかもしれない。「男の人にこの給料はかわいそう」。無意識であることが、余計に問題の深さを表しているだろう。結局、私が悪いのかも知れない。そう思わせてしまうこの社会の恐ろしさ。
2023年6月に濱田美枝子『女人短歌』(書肆侃侃房)、同年8月に阿木津英『女のかたち・歌のかたち』(短歌研究社)が相次いで刊行された。濱田美枝子は、『女人短歌』創刊に至るまでの道のりを、そこに集う歌人たち、その時代背景や歌を詳らかにして丁寧に繙いている。また、阿木津英は与謝野晶子から服部真理子まで歌を挙げ「短歌を作らない一般読者にも気軽に読んでもらえるような女性の歌鑑賞を集め(あとがきより)」た。
足どりがのろいのは、明日(あす)の世の担(にな)ひ手の子供を抱いてゐるからだ、女達をおいてゆくな
五島美代子
にこやかに酒煮ることが女らしきつとめかわれにさびしき夕ぐれ
若山喜志子
それぞれの掲出歌を見れば、当時から時代がちっとも前に進んでいないことがわかる。
落とされて落とされて落とされて就職できぬ齢と気付く
藤谷朱
『八雁』(掲出歌は2023年11月号)でともに学ぶ藤谷は、かつて小学校のママ友であった。当時、本当の名前すら曖昧で「○○くんママ」と呼び合っていた。10年ほど前の話。顔無しの私たちに歌が顔を取り戻してくれる。取り巻く現実は今もなお厳しい。しかし歌を詠み続ける他はない。古島の叫び、五島の叫び…。叫びが届くのは、歌に詠われているからだ。
本当は毎日生きるだけで精一杯。契約を切られないように、明日がもう少しいい日になるように。神経をすり減らして働いている。歌を詠む時間寝ていたいと思うくらいに。けれど詠まなければと思う。読者は、必ず、いる。
小田鮎子(おだ・あゆこ)
2009年「牙」入会。石田比呂志に師事。牙解散後「八雁」所属。
2019年『海または迷路』上梓。短歌現代新人賞・福岡市文学賞