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会員エッセイ

2026/06/01 (月)

【第57回】食べる時いつも思い出す歌   大西淳子

 その日、2026年4月12日は同人誌「COCOON」39号の批評会で、ゲストにかりんの遠藤由季さんをお迎えすることになっていた。ご挨拶の際、何か1首好きな歌を伝えられたらいいなと思い、前日から考えていたけれど、好きな歌がたくさんありすぎる。そうこうしているうちに朝になってしまい、朝食の準備をする。パンとコーヒー、ヨーグルトに苺をトッピングする。「あっ。」

  表面に種浮き立たせ真っ赤なる苺を模様にして可愛いか
     遠藤由季『鳥語の文法』

 苺を食べる時、いつもこの歌を思い出す。この歌に出会うまで、苺は可愛いものの代名詞だと思っていた。まるくてちっちゃくって三角なサクマのいちごミルクのイメージだ。ポップな苺模様は1つでも並べても可愛い。種の粒々は水玉模様のようだ。しかし、よく考えると種という大切なものは、最も内側に守られながらあることが多い。苺のあらわな種が、なんだか恥ずかしく思えてくる。しかも「浮き立たせ真っ赤なる」である。
 繰り返す日々の生活の中で、いつも思い出す歌がある。
 白菜を調理する時は、この歌だ。

  白菜を白菜がもつ水で煮る いささかむごいレシピを習ふ
     本多真弓『猫は踏まずに』

 水を加えず、食材が持つ水分だけで調理する無水調理。栄養素や旨み成分を逃さず、おいしく仕上がる。白菜は水分を多く含むので、この調理方法が適している。しかし「むごいレシピ」と言われれば、「ごめんなさいね」と白菜に謝らなければなるまい。白菜は、自らの身を絞り頑張っているのだ。この歌に出会って、白菜を煮る時はいつも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

  気の付かないほどの悲しみある日にはクロワッサンの空気をたべる
     杉ア恒夫『パン屋のパンセ』

 ふわっサクッのクロワッサン。そのふわっとした食感が美味しくて豊かだと思っていた……この歌に出会うまでは。「ふわっ」はつまり空気だ。「空気をたべる」は虚しい。それが「気の付かないほどの悲しみある日」であれば、なおさらだ。私たちは、毎日明確な感情を持っているわけではない。クロワッサンの「ふわっ」が空気だと気付いてから、意識下にある悲しみを意識するようになった。だから、クロワッサンを食べる時は、なんとなく悲しい。

  ぽんかんを頭の上にのせてみるすつかり疲れてしまつた今日は
     小島ゆかり『獅子座流星群』

 この歌に出会って、ぽんかんを手に取ると、必ず頭の上にのせてみるようになった。ぽんかんとはそういうアイテムだ。「ぽ」の破裂音から始まり「ん」のリフレイン。頭を空っぽにする音感がある。また、両手に収まる丸いフォルムとでべそのような突起のある滑稽な形状。しばし頭上に置き、なんにもせず、なんにも考えないようにする。「すつかり疲れてしまつた」日にぴったりだ。
 食べる時、いつも思い出す歌がある。人生で何度も繰り返す「食べる」という行為。いつもと少し違う視点で捉えてみると、新しい歌が生まれる、かもしれない。


プロフィール
大西淳子(おおにし・じゅんこ)
1972年、香川県生まれ。「コスモス」「COCOON」所属。2015年第2回近藤芳美賞受賞。2019年コスモス賞受賞。歌集に『さみしい檸檬』『火の記憶』他。

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