テレビ朝日で放送している「夫が寝たあとに」という番組を、子どもが寝たあとに夫と見ている。藤本美貴と横澤夏子がMCを務め、ゲストを交えて家事育児について本音を語り合うバラエティ番組だ。そのある回のゲストが俵万智さんだった。俵さんは「育児の歌は素材のまま刺身で出せる。生け捕り。」とおっしゃっていた。この言葉で思い出すのは俵さんの第五歌集『オレがマリオ』だ。この歌集には乳飲み子だった息子が成長していく過程が多く詠まれている。番組で紹介していたのは以下の歌。
「きらい」とか「すきくない」とか「にがて」とかピーマンが子の語彙を増やせり 俵万智『オレがマリオ』
出したものを食べてくれないとがくっとテンションが下がるし疲れが押し寄せる。しかしこの歌のポジティブなこと。たしかにそうなのだ。言葉を覚え始めた子どもは、自分の気持ちを一生懸命伝えようとしてくれる。
『オレがマリオ』には生け捕りの歌がいくつもある。
「おばあちゃん次は何色?」子は問えり米寿をベージュと聞き間違えて 同
子どもに急にこう聞かれて俵さんは面食らったと思う。そして意味を理解したとき、その可愛さに思わず笑ってしまっただろう。上句でそのまま子どもの言葉を出し、下句で種明かしをするシンプルで巧い作りになっている。この歌で思い出すのは、母から聞いた、私が幼いときのエピソードだ。家族で長野に行ったときに蕎麦屋に入り、私は山菜そばを頼んだ。すると父も山菜そばを頼んだ。そのとき私は「どうしてパパは3歳じゃないのにサンサイそばを頼むの?」と半ば怒って聞いたそうだ。三歳しか食べられない「三歳そば」かと思っていたらしい。
ほかにも「ゲームウォッチ」を「ゲームモーチ」と言っていて、幼稚園で恥をかいたことがある。そのとき母に「どうして直してくれなかったの?」と聞くと「かわいかったからそのままにしておいた」という答えが返ってきた。そのときには「何でそのままにしておいたの??」とぷんぷんしたが、今思うとふんふん、そうだよね、と思う。今私の子どもは「お花」のことを「おたな」と言っている。そのままずっと言っていてほしくて、ひな祭りの歌を唄うときは一緒に「おたなをあげましょもものたな」と唄っている。
振り向かぬ子を見送れり振り向いたときに振る手を用意しながら 同
この歌は歌集の後半にある。生活のワンシーンを詠んだ歌と思うが、〈子育て〉自体を詠んだ歌でもあるだろう。お子さんに対する俵さんのスタンスが表れている。親を頼りに生きていた幼い子も、いずれ自立して未来へ歩いていく。少し残念だが、子の成長はあっというまだ。
わが二歳児はうまくいかないことを「あかないあかない」と言っている。いやなことは「ちがう」「いらない」だった。しかし最近「いや」を覚えてしまい、連発している。「おたな」や「あかないあかない」もすぐに聞けなくなるだろう。私もそのときにしか詠めない歌をたくさんたくさん詠みたいと思う。
プロフィール
水上芙季(みなかみ・ふき)
1980年東京生まれ。コスモス短歌会、COCOON所属。歌集「静かの海」、「水底の月」。